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情報という言葉の由来 [味村ノート]

カテゴリ→クリッピング内に、[味村ノート]なるサブカテゴリーを設けました。
  [現在(2013.08)は、クリッピングからカテゴリーを分離しています]
敬愛する味村重臣氏が、雑誌などに掲載されたり、そのためのメモとされたノートから、さまざまな見識をご紹介していく予定です。
少しでも販促になればと始めた[GPA Talks]ですが、下がりつつある更新頻度を改善し、少しでも品格を高めようという目論見で、大先輩に無理やり材料提供をお願い(無理強いというべき?)しました。
大先輩のノートから、前後の脈絡、意図を考えずに抜き出しています。従って、その文責は[GPA Talks]にあります。


「情報」という言葉の由来

 informationを「情報」と訳出ないし造語したのは、明治の文豪森鴎外だという向きが多い。鴎外はKarlvon Clausewitzの「戦争論(Vom Kriege、1832~34)」を翻訳し、明治36年(1903)に「大戦学理」(軍事教育会)として刊行するが、その巻一「戦争の本性について」の第六章「戦争における情報」で、ドイツ語のNachrichtの訳語に「情報」を使った。

 因みに、鴎外は、初め「戦争論」全八巻を訳出するつもりだったが、陸軍士官学校で巻三以下がフランス語訳から既に重訳済であることを知り、巻一と巻二との翻訳に止めた(「小倉日記」の明治36年6月26日の条に「戦論の訳を停む」とある)。この巻一と巻二とは「戦論」の標題で、明治34年に第12師団司令部が石版印刷し、関係方面に配布した。その後、これと前記士官学校訳とを合巻し、同校が採用した「大戦学理」の標題で刊行されたという(篠田英雄訳:戦争論、岩波文庫6999-7002、196名の「あとがき(訳者)」より)
 ここ10年間に「情報」という言葉の起源についていろいろと調査され、その結果、鴎外の「大戦学理」に先立ち、陸軍部内資料その他で次のように使われていたことが分かった。
  • 明治9年(1876)酒井忠恕少佐が翻訳「仏国歩兵陣中要務実地演習軌典」で、フランス語のrenseignementを「情報」と訳す。
  • 明治12年(1879)福沢諭吉が「民情一新」で、見聞を広めるについて「インフォルメーション」という語を使う。
  • 明治36年(1902)軍事辞典で、英語のintelligenceを「情報」と訳す。

 これらを見る限り、鴎外は「いちばん最初に情報というコトバを公に用いた」のであり、最初に「情報」と訳したのは酒井ということになる。ただし、それはフランス語のrenseignementに対するものであり、英語のinformationについては定かでない。

 「情報」は漢字だが、近代以前の中国の書籍に見当たらず、これが日本での造語の根拠になっていて、多分「敵情報告」の簡略形だろうといわれている。ただし、2字l語+2字1語の複合語の簡略に前の語の2宇目と後の語の1宇目を取るのはいささか違和感がある。むしろ「状況報告」・「情勢報告」・「状況報知」・「情勢報知」などで、各語の1宇目を取る方が素直ではなかろうか。なお、現代中国では、日本と同じく「情報」を使うが、時として「信息(シンシー)」を使うようである。
(「情報」断想 より部分抜粋)

参考資料
仲本秀四郎‥情報を考える、丸善ライブラリー073,1993

[目]

doc.jpg今回の“「情報」という言葉の由来”は“「情報」断想”と題された一文から部分抜粋をしています。“「情報」断想”は、次の5つの項から構成され、今回はその2項「情報という言葉の由来」に当たります。
1.情報の概念 2.情報という言葉の由来 3.関連する事項(コミュニケーションの概念・メディア・コード・通信とは) 4.情報をめぐる意味派と記号派の立場 5.情報に対する素朴な見解

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