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システム設計の空白 [味村ノート]

今回の味村ノートは、1978年に某誌に掲載された「システム設計の空白」から抜粋・一部編集したものです。三十数年前に比べ「今や、エンド・ユーザ・ニーズの取込みは格段に改善されている」・・・と、言えるでしょうか。

信号.jpg
◇ 交差点でのエンド・ユーザ・ニーズ
 交差点がある.信号が赤なら止まらねばならない.青なら渡ってもよい.人も車もこのルールを守っている限り,まずは交差点は安全だ.しかし,このルールは「しつけ」であっても「しかけ」になっていない.赤でも渡れぬことはない.ただ,人は車に比べて弱い存在だ.ルールの無視には体を張らねばならない.反対に,車は人に対してめっぽう強い.だから,ときたま人に対してぶしつけな車が現われることがある.これに対して,人の安全を何とか守るには,人と車とを別系統で渡らせることが考えられる.つまり,歩道橋だ.人は車を見下ろしながら交差点の上を渡る.弱者にとって何がしかの優越感もあり気分も悪くはなかろう.かくして,人と車との交差点での問題は一見解決したかに見える.

 ところが,そうは問屋は卸さない.当初はともかく,しばらくたつと必ず苦情が続出する.いったいなぜ人が車のために階段を昇り降りしなけれはならないのか.老人,子供,ましてや車イスの人たちにとっては,耐えられたものではない.タテマエは人のためと言ってはいるが,ホンネは車のためではないか.
 原因は,交差点を利用する人たち,つまりエンド・ユーザのニーズの取込みが不十分だったからだ.このたぐいのことは,コンピュータを中核とする情報システムでも例外でない.

◇ 本質的で先を見通したニーズ把握か
 情報システムの構築で正しいシステム設計には,エンド・ユーザ・ニーズの取込みが第1要件だ.そして,これはシステム開発の第1段階であるシステム構想で実施される.システム構想とは,ニーズをはっきりしたカタチで把捉すること(formulation)だ.目的を明確化してシステムを限定することだ.

 システムが現状に立脚した一部変更や延長であるときは,これは比較的うまくいくだろう.しかし,エンド・ユーザはニーズをそのときの,また自己だけの,期待ないし願望というカタチでしか提示しないことが多い.だから,ひとつの観点からよかれと思ってやったことでも,他の観点からは必ずしもそうとはならない.また,当初は確かにそれでよくても,使っている間にニーズが変わり,不都合になることもある.
ニーズ.jpg これをユーザの勝手だときめつけてはならない.理由がどうだろうが,そこまで見通せなかったことは,システム設計者として敗北だ.いまだけでなく,先々どうなるかまで見通さねばならない.見通せる力量が不足しているならば,気付いた時点ですみやかに修正するにやぶさかであってはならない.

◇ ホンネのニーズ取り込みはシステム設計の空白部
 ニーズの取込みは,日本ではさらに厄介だ.日本人は公式の場でタテマエのニーズしか提示しないからだ.リゾート・ホテルに連込み,カジュアルウェアを着せ,うまく誘導すれは,ホンネが出るなどと考えている向きもあるが,実に甘い.
 タテマエのニーズを取り込んだシステムでは,当初,タテマエ上やむなくよいということで忍耐していても,次第にホンネが出てくる.そこで文句でも出ようならまだ救いがある.多くは「使い勝手の悪いシステムだ」とあきらめのカタチにしかならないものだ.

 システム設計でエンド・ユーザ・ニーズの取込みは要件分析(requirement analysis)などと呼ばれる.その重要性は古くから認識されてきた.しかし,方法論となると,いささか概念的,抽象的,思いつき的で,具体性に乏しいと言わざるをえない.とりわけ,タテマエが支配的な日本では,欧米社会を対象とした方法論はほとんど功を奏しないようだ.
 やや極論になるが,現在のシステム設計は,要件分析が済み,ニーズの取込みが成功してからのものと言えそうだ.つまり,要件分析はシステム設計の空白部として残されたままになっているというわけだ.                                         
◇ シードがニードを追いやる現状
 システム開発の効率化をめざし,多くの技法が発表されている.しかし,この空白を避けては,問題の解決とはならないだろう.ニーズの取込みが不十分なまま,特にタテマエとしてのまま,その他の部分でどんなに効率的に実施されようとも,完成したシステムは早晩無用の長物と化することは明白だからだ.

 しかも,この空白は現状ではますます拡大する危険がある.それは,コンピュータが作る側と使う側に分化し,作る側はハードウェアとソフトウェアとに,使う側はデータ処理部門とエンド・ユーザとに,さらに分化してきたことだ.分化は,往々にして他人のニードを無視し,自己が関心を寄せるシード中心となるものだ.
 データ処理部門が専門化し,より高度なデータ処理技術に関心が移ると,彼らはテクニカル・スペシャリストに変身し,自己のテクニカル・シードからのみ導き出したシステムの実現に熱中する.彼らは自己の欲望達成のためにエンド・ユーザ・ニーズを強引に合わせようとするばかりか,それが困難と見られるやテクニカル・タームの連発でエンド・ユーザの参加をしめ出そうとする.

◇ 空白を埋めるコミュニケーション
 トップ・マネジメントも,データ処理部門はコストの急増する機能であり,これを理解し,統制することは不可能ではないかと思うようになる.こうなると,トップ・マネジメントとエンド・ユーザとデータ処理部門との間には,満足すべきコミュニケーションが欠落し,相互信頼に隙間が目立ってくる.不幸にも,多くのデータ処理部門は,いま,これらの問題に直面しつつあるようだ. 
コミュニケーション.jpg
 なさねばならぬことは明白だ.まず,相互信頼を築けるコミュニケーションの回復であり,次にこれを足場としてエンド・ユーザ・ニーズの取込みという空白を埋めることだ.これらの成功,それが効果的システム開発へのパスポートとなるに違いない.

[目]

本文から三十数年たった現在、E-Mailが多用される中、コミュニケーションの量は部門内外に関わらず膨大になっています。しかし、「メール文面をまともに読まず勝手な理解をしている」「何が言いたいのかがメール文面では理解不能」・・等々の場面にもよく出会います。ITの一般化でコミュニケーションの量は増大しましたが、質の向上、本文で指摘されている信頼を築くコミュニケーションには、新たな力量・センスがもとめられそうです。


[いす]
〇 [味村ノート]については→こちら 
〇 イラストは下記URLよりフリーイラストを使わせていただきました。
   http://peoples-free.com/
   http://allfree-clipart-design.com/
   http://internet-illustration.com/
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