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情報のクオリティ時代 [味村ノート]

◇ 情報を選び出す情報

 ひと昔前なら,書店で 「こんな本が欲しい」 といえば,即座に 「こんなところでどうでしょう,これは薄いがよくまとめてある,これはしかじかについて詳しい」 などと教えてもらえた.いまは様子がいささか違う. 「あのコーナーでも探してみれば」 とくれば上出来で,たいていは 「さあ」 だ.何とか苦心して数冊を選び 「さて,どれがよかろうか」 とたずねても 「自分できめて欲しい」 だ.しょうことなしに,まえがき,あとがき,日次などに目を通す.パラパラとぺ-ジをめくる.思い余って,オビの惹句や表紙のデザインを眺める.そして,何となく自分で納得した気分にして,選ぶほかはない.

 書店は本を仕入れて売るもので,いちいち本の内容にまで立入ることはない. 「どれにするか」 は,本来,買う側できめるものだ.こういってしまえばそれまでだが,何とも味気も俗気もない.だからといって,店員に商品知識がない,客に不親切だ,サービスが悪いなどと,一方的に非難するのは酷だろう.ビルー軒がまるまる書店になる時代だ.いまのおびただしい出版状況を考えると,内容を知るどころか,標題を見て何とかつじつまの合ったコーナーに並べるだけで,書店は精いっぱいだろう.本によっては,いったいどこに分類してよいのか,計りかねるものさえある.

 多種多様の出版は,多種多様の情報提供を意味する.だからたいていの情報ニーズにピタリ当てはまるものはあるのだろうと思う.けれども,それがどこにあり,どれであるかを見つけようとすると,ハタと困る.そのための情報がないからだ.従前は,これが書店によって提供されていた.それが,いまははとんど期待できない.

情報クオリティS.jpg 欲しい情報は山ほどある.しかし,そのなかから目指す情報を選定するための情報がない.結局は,欲しい情報を手に入れることができない. 「情報あっで情報足らず」 というわけだ.

◇ 目的に添った情報

 スーパー・マーケットなどへ行くと,おびただしい食品が並んでいる.そして,それらには組成,保存料や着色料の使用の有無,製造年月日など,事細かに表示されている.これらを読めば,品定めは合理的に科学的にできるように見える.けれども 「この陽気に,あすまで大丈夫だろうか」 となると,すぐにはわからない.ましてや 「いまの時節に,どう調理したらうまいか」 ともなれば,これはもうお手上げだ.たずねるにも相手はいないし,レジ嬢に聞いてわかる話でもなさそうだ.

 従前は,そんな表示はなかった.必要なら店に聞けば 「こうすれば大丈夫」 から 「こう調理したらうまい」 まで,いろいろとアドバイスがもらえた.もっとも店の思い違いやいい加減な調子でやられたのでは,危険千万だ.しかし,そこはよくしたもので,店の信用,商売道徳がそうはさせない.

 判断の基本となる情報を科学的に表示すれば,それらを組立てて 「あすまで大丈夫か」 の答は推論できよう.何も信用や道徳などというあなたまかせみたいなものに頼るまでもないだろう. 「どう調理したらうまいか」 などは,店のあずかり知らぬこと,必要なら専門家に聞くなり,専門書を読むのが本筋だろう.ごもっともな意見だ.しかし,それは理屈というものだ.買物のつど,化学の試験問題を解かされるのでは,たまったものではない.

 買物で欲しい情報は,すぐに使えるものでないと困る.なぜなら 「買う」 という意思決定が問題解決へのアプローチでなく,問題解決そのものだからだ.情報はニーズに即応して,その時その場で,すぐに使える形になって,はじめて価値がある.問題解決に必要十分な情報がいくら揃っていても,それだけではゴミの山,クズの塊にすぎない.情報は目的に添って処理されてこそ意義がある.ここでも 「情報あって情報足らず」 に出会う.

◇ 情報あって情報足らず

 ニーズに合う情報があっても,そのあり場所の情報が足りないのが,本の例だ.組立てれば問題を解決できる情報があっても,すぐに使える情報が足りないのが,食品での例だ.いずれにしても情報あって情報足らずは, 「情報のクオリティ(質)」 に関することのようだ.

 H.A.サイモソ教授(カーネギー・メロン大学)は,MIS開発の阻害要因について,次のように言及している(産業能率短期大学主催の特別講演 「情報過多社会における組織と管理」 1977,11.8より).
  • 不足しているのは情報ではない.注意力,つまり情報利用の能力だ.“もっと情報”ではない.いちばん有用な形で表現された,いちばん適切な情報,これだけをマネジメソトに提供すべきだ.
  • MISでは,たまたま企業の業績記録に利用できた情報に注意が払われすぎた.トップ・マネジメントが賢明に意思決定するためこ必要な情報には,少しも関心がなかった.
  • トップ・マネジメントが重要な情報は,企業の内部記録ではない.むしろ,企業外の情報,たとえば業界,国の内外の経済情勢,技術,社会,政治の動向だ.
  • そして,それらの多くは数字つまりクォソティティ(量)でなく,新聞や雑誌などの記事に見られる“語られた”形のものだ.
われわれは,たしかにインフォメーショソ・リッチの世界に生きている.けれども,それは量的、クオンティティにリッチなのであって,質的、クオリティにはずいぶんとプアーだといわねばなるまい.

 60年代から70年代へ,コンピュータは情報のクオンティティ処理,つまりこなすことに,一応の成果を納めたといってよいだろう.これはこれで高く評価しなければならない.しかし,クオンティティ処理だけでは,われわれの情報の問題は解決できないことがわかってきた.こなすだけでなく,目指す情報を選び,すぐに使える情報に組立てることが望まれる.情報のクオリティ処理だ.しかし,これはやっと歩きはじめたところだ.

 80年代,それは情報のクオリティ時代への開幕だろう.そして,そこから情報化社会へのさらなる一歩が踏み出されるだろう.われわれは,それを期待し,そのためにしたたかな努力を傾けねばなるまい.

情報クオリティ2MS.jpg [目]

今回の味村ノートは、まだまだ書籍出版業界が右肩上がりだった80年代の原稿です。それから30年前後の月日がたち、情報は書籍・新聞などのアナログからインターネットの普及もありデジタルに主力を移しました。情報のデジタル化もあり、その情報量の膨大化は止むことを知りません。ますますひどくなるばかりの情報洪水をうけ、求むべき情報を手にできず、右往左往している毎日です。


[いす]
〇 [味村ノート]については→こちら 
〇 イラストは下記URLよりフリーイラストを使わせていただきました。
   http://peoples-free.com/index.html

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